大手暗号資産取引所Coinbaseによる10月26日時点のビットコイン取引データによると、ビットコインの価格が1ヶ月ぶりに10,000ドルを突破し、24時間の上げ幅が30%を超えた。
SNS上では、ビットコインが上昇した理由として、中国国家主席のブロックチェーンに関するポジティブな発言が理由と予想されている。
筆者はプロのアナリストではないので価格分析は遠慮するが、少し違う視点で今回の発言について解説したい。
なお、本記事は原本株式会社による執筆、株式会社techtecによる編集で中国現地よりお届けする。
習近平国家主席の発言背景
きっかけとなったのは、10月24日に開かれた中国中央政治局委員会の集合研修会合だ。「ブロックチェーン技術発展の現状と動向について」をテーマとしたこの会合で、習近平国家主席が以下の発言をした。
「ブロックチェーンを技術革新の重要な突破口と位置づけ、ブロックチェーン技術と産業のイノベーションを加速する必要がある。」
その翌日、国営通信社である新華社や人民日報などの中国マスメディアが、この会合について一斉に報道し内容を明らかにした。
これを受け、中国ブロックチェーン業界、いや、むしろ社会全体が一気に狂熱した。
私自身も報道後、投資家や他業界の様々な方より問い合わせが入り、深夜遅くまで対応に追われた。
一方、他国のこととはいえ、日本のブロックチェーン業界は驚くほど冷静な反応をみせた。Cointelegraph Japanの速報ニュース以外、特に解説記事などが見当たらなかったのだ。
弊社のパートナー企業であるTechtecをはじめ、何名か業界の方に聞いてみたところ、一部の有識者では話題になっているものの、一時的な話題との見方が多かった。
私から言わせてもらうと、今回の発言は「中国ブロックチェーン業界の転換点」であり、業界にとって最大の出来事といっても良いものだ。
ビッグデータ・人工知能と並ぶ国家戦略技術として採用
私が今回の一件を「中国ブロックチェーン業界の転換点」と表現した理由として、以下の二点が挙げられる。
一つ目は、ブロックチェーン技術が中国中央政治局委員会集合会合という“特殊な場”で国家レベルの中核技術と認められたことだ。
これを理解していただくために、まず集合会合について少し解説する必要がある。
この会合は、国家事業の発展とリーダーシップを維持するために、2002年から定期的に開催されているものだ。
国の政策を決定する組織である中央政治局委員会のメンバーが全員参加する、極めて重要な勉強会なのである。
研修テーマのほとんどは、グローバルな経済情勢や国内の主要問題、国の発展戦略などの高度なものとなる。
そんな会合で過去にある特定の技術が言及されたのは、ビッグデータと人工知能のみだ。
歴史を振り返ってみると、この会合で言及された技術に関連する産業が、中国では次々と大きく発展してきたことがわかる。
国家主導で進める技術に対して、国や地方行政から様々な政策上の優遇措置が設けられてきただけでなく、政府系ファンドやCVC、VCも積極的に投資を行ってきた。
2017年12月に開催された集合会合では、テーマとしてビッグデータが取り上げられたが、翌年にはビッグデータ関連産業の市場規模が327億人民元に達し、前年比39.7%増となった。
今回の会合で言及されたブロックチェーンも、これから関連産業が大きな成長を遂げることが期待できるだろう。
実は、国家レベルでブロックチェーンが言及されたのは今回が初めてではない。
2016年12月にも、ブロックチェーンが戦略的なフロンティア技術として中国「第13次国家情報化5ヶ年計画」に掲載された。
従って、政府としては当時からブロックチェーン技術を発展させていく意向はあったと考えられる。
しかしながら、ちょうどその頃よりICOが世界中に爆発的な流行をみせた。
玉石混交の中で、中国ブロックチェーン業界にとって忘れもしない2017年9月4日、国内の投資家保護という名目で「ICOによる資金調達のリスクに関する告知」(通称“9・4文書”)が中国人民銀行より公布され、中国国内におけるICOや暗号資産の流通を事実上禁止したのだ。
この文書の影響により、ブロックチェーン業界が一時的に大きく落ち込み、事業を海外に移したり廃業したりといった企業が相次いだ。
国内に残った企業も、世間の目を気にしながら肩身が狭い事業活動を展開していた。
しかし、今回の会合における習近平国家主席の発言により、状況が一気に逆転したと言える。
ことの重大さはLibra、そして米中戦略的競争にまで発展
二つ目は、ブロックチェーン技術が米中戦略的競争のカギとなることだ。
ただの偶然かもしれないが、今回の中国の集合会合の開催タイミングは、米Facebook社CEOのザッカーバーグ氏が出席した米議会下院金融委員会の公聴会の翌日だ。
Libra(リブラ)に関する質疑がメインとなる米公聴会は、既に日本でも話題になっているため詳細は割愛するが、ザッカーバーグ氏のとある発言が気になった。
ザッカーバーグ氏は議員たちに対して、イノベーションを起こさないことのリスクを訴え、次のように述べた。
「米国以外でも同じことが起きようとしている。中国は数ヶ月以内にLibraと同じようなデジタル通貨を立ち上げるだろう。」
ザッカーバーグ氏はおそらく、中国人民銀行が開発を進めているデジタル通貨DC/EP(デジタルカレンシー/電子決済)のことを危惧しているのだろう。
実は、中国でも6月18日のLibra構想の発表以降、水面下での動きが続いている。
8月18日に中国政府の国務院が「深センに特色ある社会主義先行モデル地域を建設するための意見」を発表し、その中で深セン市でのデジタル通貨に対する研究をサポートすることを明らかにした。
9月4日には、中国人民銀行デジタル通貨研究所所長の穆 長春(ム チャンシュン)氏が、大手オンライン学習プラットフォーム「得道」においてオンラインコースの形でLibraのリスクを詳しく論じ、中国人民銀行が担保したデジタル通貨であるDC/EPの優位性を強調した。
あえて一般の人にもわかりやすい言葉を使って、中国デジタル通貨の発展計画について国民の理解を求めたのである。
こうした米中のつば迫り合いは、米中貿易戦争やこれからのデジタル金融領域における覇権競争の激化の表れだ。
そんな背景の中で、会合では習近平国家主席が「ブロックチェーンの新興分野で我が国が主導的地位を獲得し、産業上の優位性を獲得するよう努力しなければならない」と強調したのである。
投資対象と今後の展開
今回の一件は、業界にどう影響するのか。
まずは、ブロックチェーン技術と価値が不明確な暗号資産を区別しなければならない。
メディアが報じた集合会合の内容をよると、これからブロックチェーンの発展方向は、実体経済との融合、つまりブロックチェーン技術をできるだけ多くの産業に応用していくものであった。
要するにこれは、技術も価値もないコインやトークンとは全く関係のない話だ。
これから中国政府や地方行政により具体的な政策が発表される予定となっているが、この時点であえて予測すると、産業用ブロックチェーンに焦点があたるため、その用途や実用性、安全性を考えると、コンソーシアムチェーンが脚光を浴びるだろう。
また、過去の集合会合で取り上げられた人工知能やビッグデータのように、今後は特に政府系ファンドや国営・民間大手企業などがブロックチェーンにどんどんリソースを投下するようになることが予想される。
今回の出来事は、日本のブロックチェーン業界にとっても非常に意味あることだ。
技術力やポテンシャルのある中国ブロックチェーン企業に投資したり、業務提携したりすることで、共にこの波に乗り利益を享受すると良いだろう。